DEBUG-1.1
空はない。 |
There is no sky. |
――ここは、ラクーナの中でも高レベル帯に属するエリア・轟炎地帯ルビーマウンテン。 |
—This is a high-level area within Lacuna: Roaring Flame Zone, Ruby Mountain.[1] |
「――ほんっとーに! ゴメンってば!」 |
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少女が、その場に座り込んだデジモンに対して謝り倒していることだろう。 |
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DEBUG.1-1 ユウキ |
DEBUG.1-1 Yuuki |
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青紫のロングキャミソールに、黒いショートパンツ。それらを包み込むようなオーバーサイズの白いジャケット。マゼンタに染まった派手な髪のサイドを三つ編みにしたハーフアップ。 |
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……それなのに! |
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「うるせ! もう今日はこっからテコでも動かねーぞ、オレは!」 |
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最強な自分を以てしても、パートナーの機嫌を回復させるのは困難を極めるらしい。 |
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「お願い、こんどかわちいアクセサリー買ってあげるからゆるして、インプモン!」 |
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ユウキがインプモンと呼んだ相手は、深い紫色の小さな体躯をこちらに向けることなく深いため息をついた。インプモンは、ピエロのように伸びた2本のツノ、そして赤い手袋とスカーフが目印の、小悪魔型に分類されるレベル3 デジモンだ。 |
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「いやぁ、反省はしてるんだヨ?」 |
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そもそもを言えば自分が悪いのは重々承知だ。 |
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――任務。 |
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ここで言う「とある不具合への対応」とは、最近頻発している暴走するNPCへの対処を指す。 |
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NPCは暴走すると、プレイヤーと見れば、誰彼構わず容赦なく理不尽なバトルを仕掛けてくるようになる——そんな、快適なゲームプレイを著しく妨げるバグ。 |
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メタリックドラモンとヴォルケニックドラモンと呼ばれる、2頭の竜を駆る暴走NPCに敗北したのだ。 |
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……いやー、強かったなぁ。 |
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返す返すも、とんでもない強さだった。 |
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……そして、ヤバかったよねー。 |
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本来であれば、暴走NPCに負けるとキャラクターデータが破損してしまうのだが、彼女の持つデバッグチームの証である『ユニークエンブレム』がデータを保護してくれている。 |
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完全に機能するのであれば、全ユーザーにこのエンブレムを配ればいい話だ。だがしかし、この機能はあくまで不安定なテスト版ともされている。 |
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「……あぶねーとこだったんだぞ、ユウキ」 |
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だから、ここは真摯に謝り倒すしかない。 |
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「行き当たりばったり、直せンのかよ 」 |
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……あ、もうちょいだ。 |
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流石にインプモンも拗ね疲れてきたのか、頑なだった態度が先ほどよりも軟化している。その証拠に、後頭部しか見えていなかったインプモンの視線がわずかにこちらを捉えていた。 |
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「直す なおす! ゼッタイ! ガチで反省してる! だから一回街もどろーよ、ねっ!」 |
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改めてパートナーが大きなため息を吐き出した。 |
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「もう危なっかしくてめんどくせーコトしたくねーんだよオレは。反省してるなら対策練れてるだろ、アイツらの。次はボコボコにできるんだよな?」 |
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だって、さっき負けたばかりじゃん――と、ユウキは素直に答えた。 |
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「……じゃあヤダ」 |
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再び自分に後頭部を向けてしまったインプモン、その目に涙が浮かんでいたのを彼女は見逃さなかった。また無自覚な一言で機嫌を損ねてしまったのは明白だ。 |
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「いやでも! 無理じゃん、対策なら一緒に考えよーよ!」 |
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余計な一言だったかも知れないが、事実は事実として受け止めてほしい。さすがにいまさっきのバトルの反省をこの小一時間でやるのは不可能だ。 |
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……あれ、詰んでない? |
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「もー! ゴメンって言ってるじゃん!」 |
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だから爆発した。 |
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「オレだってゆるさねーって言ってるだろ!」 |
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ああでも、とインプモンがこちらを向いて口端をつりあげて笑う。その表情を見たユウキは、付き合いの長さゆえに「ああこれは煽られるな」と直感でわかった。 |
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「ユウキにカードゲーム上手くなれってのは難しいハナシだよな、だってバカなんだもん!」 |
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間髪入れず、彼女はD-STORAGEを取り出して起動する。すると、半透明の青いユーザーインターフェイスがデバイスから浮き上がってきた。 |
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「あっ、ヒキョーだぞ!」 |
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売り言葉に買い言葉はもう疲れた。 |
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「あれ」 |
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そこに違和感がある。 |
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「なんだ! ログアウトするんじゃねーのかよ!」 |
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慌てた表情のインプモンを片手で制止する。 |
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……負けたけど、ドロップアイテムを手に入れた……? |
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もともと、NPCの暴走自体がバグだ。そういうことがあっても不思議ではない。いや、不思議ではある。負けたNPCからアイテムを入手した――そう考えるしかないだけであって、バグだから何でもありとなると今後何が起きるか分かったものではないし、デバッグする側としてはたまったものでもない。 |
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……開いてみる? 危ないかな。 |
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少しの間、ユウキは悩んだ結果、そのアイテムを確認することにした。 |
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【テイマーカードのアビリティアイテムを入手しました】 |
Tamer Card ability item acquired |
ポップアップしたのは、見慣れたメッセージウィンドウだ。 |
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「……ねえ、インプモン」 |
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無視されていたことに苛ついたのか、インプモンは喧嘩腰の荒々しい口調で言葉を返す。 |
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「インプモンって小悪魔型だよね?」 |
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こちらの様子がおかしいと気がついたのか、インプモンは先程までの剣呑な空気を解いてユウキに歩み寄る。 |
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「いや、マジで変な質問だな……どーしたんだよ急に」 |
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背の低いインプモンにもウィンドウが見えるように、彼女はその場でしゃがみ込んだ。彼も文句を言わずにそのアイテムの詳細をのぞき込む。 |
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「なんじゃこら」 |
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2人そろって首をかしげた。 |
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自分たちが主に扱うデッキの主軸は、無論インプモンのカードだ。 |
The centerpiece of their primary deck is, of course, an Impmon card. |
しかし、このアイテムは違う。 |
But this item is different. |
【メイン:自分の手札が4枚以下なら、このテイマーをレストさせることで、自分のデジモン1体をトラッシュの特徴に「魔竜型」/「邪竜型」を持つデジモンカードに進化できる。】 |
[Main] If you have 4 or fewer cards in your hand, by suspending this Tamer, 1 of your Digimon may evolve into a Digimon card with the [Dark Dragon]/[Evil Dragon] trait in the trash. |
魔竜型も邪竜型も、完全に縁がない特徴ではない。しかしメインアタッカーであるベルゼブモンに使用するにはあまりにも“はずれ”ている。 |
The [Dark Dragon] and [Evil Dragon] types aren't completely unrelated. But they're too "off-theme" for her main attacker, Beelzebumon, to make use of them. |
「あ、おい! ちょっと見てみろ!」 |
"H-hey! Come look at this!" |
インプモンがメニュー画面を指さした。その先には、新たに通知バッジが付いている。 |
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バグだらけだ。 |
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「え! なにこれ、なにこのカード!?」 |
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何枚かの、見知らぬデジモンカードがリストに収録されている。 |
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「――見えたかも」 |
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そこで、ユウキは即座に閃いた。 |
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「へ? なにが見えたってんだよ」 |
Notes
[1] Area names in the LIBERATOR game consist of a short sequence of kanji, followed by (not glossed as) an English phrase. For some reason, however, the novel's official localization omits the kanji subtitles.